東京大学大学院総合文化研究科

言語情報科学専攻

Language and Information Sciences, University of Tokyo

東京大学大学院総合文化研究科

言語情報科学専攻

〒153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1

TEL: 03-5454-6376

FAX: 03-5454-4329

文化交渉論

異文化接触が織り成す複雑な絵模様の一例として、現代の西欧の文化意識に重要な役割を果たした十字軍があります。同時代に書かれたテクストの多くが物語っているように、西欧は十字軍を通じてイスラム教徒を「他者」として表象し、それとの対比を基盤にして自らの「主体性」を確立し始めました。同時に、ヨーロッパ各地に住むユダヤ教徒を「内なる他者」とみなす新たな視線も生み出され、ユダヤ教徒への迫害が深刻化する原因となりました。

しかし、この時代はまた、キリスト教とユダヤ教、イスラム教との間で対話と交流が盛んに行われた時代でもあります。イスラム教徒との度重なる接触を通じて、アラブ世界の科学的・哲学的知の結晶が西欧にもたらされ、さらにアラビア語を経由して西欧は古代ギリシアの豊穣な文化遺産とも向き合うことになります。こうした「知の移植」にユダヤ人翻訳家が果たした役割もまた軽視できません。

西欧や日本に限らず、世界の様々な地域の文化は、この例に見られるような複雑で重層的な異文化接触の中で形成されてきましたし、今も形成されつつあります。「対立」や「融合」といった単純な概念には還元できないこうした異文化接触の多面的なあり方を、個々の事例に関連する一次資料の読解に基づいて記述し、分析し、理解しようと試みることが「文化交渉論」の主な目的です。そのために必要な方法論は、文学研究とその隣接学問分野である哲学、歴史学、文化人類学、社会学などとの対話から得られるでしょうし、そうした学際的なアプローチを土台に成立した近年の批評理論(カルチュラル・スタディーズ、ナショナリズム論、ポスト・コロニアル研究、ジェンダー研究等)からも多くを学ぶことができるはずです。

しかしながら、本専攻をめざす学生諸君には、それらの理論を単に受容し、応用するだけではなく、既存の理論の批判的な再検証や修正、さらには新たな方法論の探究にも意欲的に取り組んでもらいたいと期待しています。そうした探究が、対象となるテクストの精緻な読み(テクストに用いられた修辞的技法や語りの構造、言葉の伝える微妙なニュアンスの綿密な分析)を通じて初めて可能になることは言うまでもありません。

教員